『景徳伝灯録』に於ける出家受具への雑考(1)
以前にアップした【鎌倉時代の禅僧達に於ける出家受具への雑考】の一変形のような記事である。要するに、中国で編まれた禅宗灯史文献である『景徳伝灯録』(道原編、1004年に上奏)には、10世紀後半くらいまでの僧侶の伝記が約1,000人分収録されている。その中から、いわゆる「出家受具」の話を見ながら、禅僧(元々禅宗とは限らないが)が受けていた僧侶教育について見ていきたいと思う。即ち洛陽龍門香山に抵して、宝静禅師に依りて出家受具す。「太祖慧可禅師」章後に達磨大師から法を嗣いだとされる中国禅宗二祖・太祖慧可禅師(478~593)の伝記として、宝静禅師という人の下で出家し、具足戒を受けたという。大師深く之を器とし、即ち為に剃髪して云く、是れ吾が宝なり。宜しく僧璨と名づくべし。其の年、三月十八日に光福寺に於いて受具す。同上これ...『景徳伝灯録』に於ける出家受具への雑考(1)